1980年、日曜日夜7時と言えば、フジテレビのアニメーション・ゴールデンタイムと言われた時間帯。ここで、いしいひさいち原作『おじゃまんが山田くん』が始まった。

当時といえば6時30分からは、今現在も続く超長寿アニメーション番組『サザエさん』があった。そして、その後に続く毎年新作のアニメーション『トムソーヤの冒険』、『赤毛のアン』、『アルプスの少女ハイジ』といった“良質アニメーション番組に挟まれた、所謂アニメ銀座のド真ん中に居座ったのである。
この『おじゃまんが山田くん』の前作はヨーロッパの騎士道を描いた『燃えろアーサー』だった。この時間帯は、高視聴率を稼いで当たり前の時間帯だったが、何故か視聴率は振るわなかった。そこで、当時の編成部長であった高田氏はフジテレビの威信をかけて、次回作に『おじゃまんが山田くん』を強力に推して来たのである。これは、双葉社の『週刊漫画アクション』のレギュラー漫画として、確かに“面白かった”漫画であった。が、しかしである。“面白ければ良い”とはいかないのがテレビアニメーション番組である。面白
いネタであるから、ひょっとして人気は上がり視聴率は絶好調!が、予測出来る。が、マーチャンダイジング効果は、全く超絶望的。だった。
 当時の上司である、我がアニメーション企画部長の春日氏曰く『えっ!あの、汚ったない世界の漫画だぜ。どうする。マーチャンダイジング計画は望めな
いぜ!。困ったな。一度言い出したら、後には引かないぜ。あの部長は、』だった。

 旭通信社のアニメーション関係者はこぞって反対したのだった。しかしこの時の高田部長は強かった。周囲の反対にめげず、『いいや!。今、こんなに面白い、笑えるアニメーション企画素材は他に無い!。絶対に俺はヤル!』と言って聞かなかった。困った旭通信社は、『仕方ない。今回はフジテレビに“貸し”を作ろう!』などと、社内で言い訳をして番組化に同意したのである。かくして、『おじゃまんが山田くん』は誕生した。これもひとえにフジテレビの編成部長、高田氏のこだわりが貢献した、と、言えるだろう。そして、確かにこの漫画は“話し”も“ネタ”も、流石にいしいひさいち先生である、“面白かった”。とは言え、双葉社の“週刊漫画アクション”に載った原作のお話しやネタは直ぐに無くなってしまった。何と言っても毎週3本のショートアニメーションを創らなければならないのだから、原作話しはアット言う間に使い切ってしまったのである。


さあ、この後は、“オリジナル話し”、“オリジナルのネタ”を使った脚本を創らなければならなくなったのである。当時、超売れっ子で、今はもう原作者であり、作家としてその名を高められた、“辻真先”さんや今も『サザエさん』の脚本を書かれていらっしゃる“城山昇”さん。いっぱいのギャグを考えてくれた“金春智子”さん、“金子祐”さん“まるおけいこ”さん、鈴木良武さん、馬場民子さん、高屋敷英夫さん、原田益次さんといった多くの脚本家が毎週水曜日の午前中に高円寺のMKオフィスに集合した。そこで、我々プロデューサー達も集結し前日迄に巷で見聞きした面白い話し、馬鹿馬鹿しい話しを持ち寄り、脚本家の皆さんに披露させて頂いた。我々の駄法螺話しを聞いてくれた脚本家達の中で、“これはいける!、描ける!”とひらめいた人が挙手をして『それ、私行きます!』と言って持ち帰り、次の週にその脚本を持参してプロデューサー達のチェックを受けて作品化されていったのである。
 何故、集合日が水曜日なのかというと、当時は毎週火曜日に前週の番組視聴率がビデオリサーチ社から発表されたからであり、その結果表を持って、翌日朝一番(といっても11時AMだったでしょうが、関係者が集められ講評を行いつつ、次なる企画を練ったのである。当然時間は過ぎ、直ぐに“昼食時間”となり、制作の中心会社であったヘラルドさんが毎週お昼ごはんを調達してくれたのであるが、前週の視聴率が20%を越えた時決まって“うな重”が振舞われた。しかし、20%以下だと“天丼”とか“カツ丼”になってしまうのが決まりだった。そういった中、何故か毎週20数%という視聴率をマークし続けたので、みんなニヤニヤしながら『今週も又、又“うな重”だねえ!』と言いながらおいしく頬張った思い出がある。ヘラルドさんにとっても少々高額な昼食代だが、プロデューサー自身が一番嬉しそうだったのが印象的である。
 さて、その“ネタ出し”が当時、“禿はタワシでこすれば、毛が生えてくる”といったテーマの『ハゲは治るというずばり禿げ対策の本が巷で話題になりヒットしていた。禿はタワシでこすって頭の地肌を刺激すると毛が生えてくる、というのであった。『おじゃまんが山田くん』の主役達には“戦友会”という、老人三人組がいた。彼等は口々に『俺は禿は気にならないね、何たって禿げるという事は精力絶倫の証、男の勲章だろう!』。『そうだ!そうだ!男の勲章だ!』といいつつ、何故か翌日、三人が三人とも頭に“ミミズ腫れ”をして集まったりして。結局皆んな禿げを気にしていたんだよね。“男の見栄”と言うんだろうね、と言って集まった全員が大笑いしてこのネタは作品化された。
 そして、一週間後脚本がアップして来た。ここで、従来より、各話に“〇〇〇の巻”というサブタイトルが付けられるのであるが、元々クリエイティブプロデューサーで広告企画やらコピーを創る立場にいた小生が重宝がられ、番組を短的に表現する役を担っていた事もあり、この時もスッと思いついたタイトル、『東江戸川不毛地帯!』でどうですか?。と言わせて頂いた。この作品の場面設定は東江戸川の町内会が世界だったので、、、。と言ったのです。
 いつもなら、二つ返事で、いいですね。これで行きましょう、という返事が返ってくるのだが、この時だけは違っていた。ヘラルドと土田プロダクションの二人のプロデューサーが揃って言に、『うーん、その言い方だけは、ちょっとねえ、、、』、『もっと他のタイトルになりませんかね、、』、『一寸きつ過ぎるよね』と仰るのであった。“しまった!”そうです!。お二人とも頭のてっぺんから、赤道ラインまで、見事に禿げあがっていたのです。“ごめんなさい!”。
 やっぱり、先輩プロデューサーも“人間だった”のです。で、結局決まった
タイトルは『ハゲしいハゲの物語』でした。

 『おじゃまんが山田くん』制作時エピソード、、、、。  乞う続篇。